アニータ・アルバラードという人を皆さんは覚えているでしょうか？

青森県住宅供給公社に勤務する男の人と結婚し、旦那が公社から横領した１６億のうち１２億を貢がせたチリ人妻として、メディアに取り上げられた人です。稀代の悪女と言われた後、芸能人等の物まねのネタにされていたことは記憶に新しいと思います。

ですが、アニータが出稼ぎで日本に来ていて、売春で生活していた「じゃぱゆきさん」と覚えている人はどれくらいいるでしょうか？

２０１０年１月、ライターの八木沢高明はアニータに会うためにチリへ行きました。

昔メディアを賑わした悪女がそれからどうなったかを知るためではないです。「じゃぱゆきさん」として活動してきた彼女が日本という国をどのように思い、過ごしたかを八木澤は知りたかったのです。

八木澤高明「娼婦たちからみた日本」はアニータのような女性、娼婦たちの日常を追ったルポルタージュです。徹底した現場主義の八木澤は黄金町、沖縄、フィリピンなど、日本だけでなく海外も飛び回り、夜の世界で仕事する女性たちを取材しています。

本書の八木澤のスタンスは、プロローグで記されたこの言葉に全部集約しています。

「娼婦は、いつも日陰で暮らしています。その存在から漂う危険さで、私は彼女たちを知りたくなりました。旅をしていくと、売春の歴史をめぐることも出来、日本をいつもとは違う角度で見れると思いました。」

それぞれの事情を抱える娼婦たちの暮らしを書きつつ、そこから見えてくる日本社会の姿、日本の歴史を見ていきます。そのような「日本は何か」という問いに貫かれているところが、ただのレポートにとどまらない読みごたえを本書に与えています。

例を挙げると、横浜の黄金町の売春街。００年初めにこの町を取材しだした八木澤は、ゆきという対人娼婦の交流と、警察の取り締まりで衰退していく町の様子を描きつつ、黄金町がどうして娼婦の町として発達したのかを１８５３年のペリー来航までさかのぼり、細かく解説していきます。

横浜の売春の歴史は１８５９年、幕府が横浜開港の後、外国人向けに作った「港崎遊郭」から」スタートします。訪日する外国人の増加に伴い、ちゃぶ屋と言われる横浜独自の風俗が流行しましたが、日米戦争のスタートにより衰退しました。大空襲の影響で焼けた横浜に再度風俗を復興させたのは、アメリカ進駐軍でした。伊勢佐木町から伸びる野毛から黄金町にかけての川沿いに、米軍から流れる物資を販売する闇市が出来ました。黄金町はそこに集まる労働者相手への売春から発展していきました。

黒船来航、太平洋戦争、全員が教科書で勉強したことの裏側にある、話されない日本史に八木澤は切り込みます。８０年代、プラザ合意が発端になった日本企業の海外進出と同時に、日本円を稼ぐのに魅力を持った東南アジアの女性がたくさん来る「じゃぱゆきさん」の進出、さらに開港１５０年を控えて「国際都市の名に恥じない町にする」という建前で、警察がした摘発を加えたら、ある町が富や権力を持つ人間にどれだけ振り回されたものが見事に立ち上がります。権力側の狙いがどれだけ移りやすいか、それに弱い立場の人間がどれだけ振り回されたかを、八木澤は娼婦たちを通して訴えます。

最初で紹介したアニータへの取材でも同様です。チリを訪問した八木澤は、アニータが日本で多くの金を得て、成功した「ジャパニーズドリーム」の体験者として敬われています。八木沢の取材が進むと、彼女が日本に稼ぎに来ないといけなかった理由、そしてチリと日本の経済事情が浮かび、考えさせられます。あの時、日本の人はアニータを見ると「悪女」

「強欲な女」と指を指し笑いました。ですがアニータを生んだのは、本当は日本の経済状態だと思います。そのような皮肉の構図を理解し、胸が痛くなりました。

八木澤孝明は７２年、神奈川県横浜市誕生です。週刊誌「フライデー」、カメラマンを経て、０４年よりフリーランスとして活動、１３年発売の「マオキッズ毛沢東の子供たちを巡る旅」で１９回小学館ノンフィクション大賞を受賞しています。

本書にも八木澤が撮った娼婦の写真が載っています。笑顔、疲れている様子。八木澤は娼婦らの色々な表情を撮影しています。ですが八木澤はファインダーの先に見てるのは、彼女たちの顔ではないです。偶然に、自分勝手に弱い人を惑わす、日本という国の姿です。

アニータ・アルバラードは現在はどんな生活しているんでしょうか？気になりますね