トルコ風呂
昔、台東区の竜泉というところで働いていました。
あるいてすぐの所に千束という街があって
そこはあの有名な遊郭、吉原があった所なんですね。
その辺で働いていた頃はよく千束を通っていましたが、
もう吉原という地名が残っているものはバス停と、
公共の施設くらいなもんだとか。
吉原って幕府公認のものだったので、
それは豪華だったそうで、
春には庭師がこの日、と決まった日に開花するように
丁寧に育てられた桜の木を持って来て何百本も植えるんだそうです。
そして桜の季節がおわったら撤去して。
今でも名残が残っているのはもう何代目かになった
見返り柳ぐらいだけど、当時はここが廓だったんだなぁと、
全盛期には豪華に着飾った花魁が花魁道中してたのか、
なんて考えてると感慨深かったです。
大名なども吉原に行っていて最高級の遊女なんかは城が傾くほど、
という事から傾城と呼ばれていたんだそうです。
傾城にあってみたいですね。
そして意外なのは、吉原、遊女と言えば簪をたくさん挿した
日本髪に引きずった着物のイメージだと思いますが、
吉原が公共の遊郭として存在してたのは意外と最近の
昭和の33年まででそのころになると洋髪でドレス姿の遊女もいたんです。
風俗の求人で検索するとたくさん出てきますが、
吉原は今では当時トルコ風呂と言われたソープランド街になっていて、
なんだか考えさせられますね。
コメント
開く/閉じる
コメントを投稿する